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オレキシン(ヒポクレチン)について  (後半)

4 薬理作用

オレキシンの発見以後、オレキシンに関する膨大な研究データが集積されてきている。オレキシンをラットに脳室内投与すると、摂食行動の促進(24)、自発運動量の亢進(25)、覚醒促進作用(26)などが認められている。

摂食促進作用
オレキシン神経細胞が局在する視床下部外側野は摂食中枢として知られているため、オレキシンと摂食に関する研究が精力的に実施されている。オレキシンAをラット脳室内へ持続投与すると日中(休息期)の摂食行動の促進が認められるが、夜間(活動期)では逆に減少する(27)。すなわち、オレキシンの脳室内投与による摂食増加作用はオレキシン神経活動が低下している休息期(睡眠相)に認められ、オレキシン神経活動が活発である活動期(覚醒相)でははっきりと認められない。 しかしながら、活動期でも絶食状態の時には、オレキシン投与による摂食促進作用、自発運動亢進作用、覚醒促進作用が顕著に現れる。その一方で、オレキシン神経細胞を欠損させたorexin/ataxin-3マウスでは絶食させても自発運動量や覚醒状態に変化が認められない(28)。

オレキシンは摂食と覚醒という生体の重要な機能調節に深く関与している。空腹時にオレキシン神経の活動が活発となり、その結果、覚醒レベルを高め、活動的になり食物を探索する行動を支える。一方、満腹時や休息(睡眠)時には、オレキシン神経の活動が抑制される。このように、オレキシン神経はエネルギーバランスに応じた適応行動を調節していると考えられている(29, 30). さらに近年、興味深い論文が発表された。オレキシン神経細胞が局在する視床下部外側野は報酬と動機付けに関与する部位であることが知られていたが、それを介する神経伝達物質が同定されていなかった。ところが、視床下部外側野のオレキシン神経細胞の活性化と薬物や餌の要求行動が密接な関係であることが示され、この行動はオレキシン1受容体(OX1R)アンタゴニストであるSB-334867で完全に拮抗された(31)。このことは、オレキシン神経系が薬物依存の治療薬開発のためのターゲットになり得る可能性を示唆するものである。

オレキシン神経細胞と視床下部弓状核に存在するニューロペプチドY(NPY)含有神経細胞はお互いに神経ネットワークを形成している。NPYは強力な摂食促進作用を有している。オレキシンをラットの脳室内へ注入すると、弓状核のNPY含有神経細胞におけるFosの発現が観察され、NPY-YI受容体のアンタゴニストの投与によりオレキシンの摂食行動促進作用が部分的に拮抗される(32)。弓状核を破壊したラットでは破壊しないラットで認められたオレキシンによる摂食行動促進作用が消失した(33)。興味深いことに、オレキシンによる視床下部―下垂体―副腎(HPA)系の活性化作用は、弓状核を破壊した(NPYを欠損させた)ラットにおいてもコントロールと同様に観察されている(33)。

ナルコレプシーとの関わり
ナルコレプシーとは、日中の耐え難い強烈な眠気、喜びや驚きなどの強い感情が働いたときに誘発される脱力発作(カタプレキシー)、入眠麻痺、入眠時幻覚を主要症状とする睡眠障害を呈し代表的な過眠症として知られている。ナルコレプシーの原因不明の難病として扱われていたが、ナルコレプシー患者ではHuman Leukocyte Antigen(HLA)遺伝子のクラスII抗原のDR2が陽性であるという発見(34, 35, 36, 37)以来、その病態の解明に光が射し始めた。スタンフォード大学のMignotらのグループは、遺伝性のナルコレプシー犬の研究のオーソリティーであり、ナルコレプシー犬ではオレキシン2受容体(OX2R)遺伝子に変異があり、オレキシンが正常に機能していないことをつきとめた(38)。また、Yanagisawaらのグループは、オレキシンを合成できないノックアウトマウスの行動および脳波がナルコレプシーの特徴と類似していることを発見し(39)、OX2R受容体のノックアウトマウスでも同様の結果を報告している(40)。さらには、Yanagisawaらのグループが作製したトランスジェニック(orexin/ataxin-3)マウスにおいてもナルコレプシーと同様の特徴が観察されている(41)。

遺伝性のナルコレプシー犬ではOX2R遺伝子の変異が認められたが、ヒトのナルコレプシーではOXRの変異はほとんど認められていない。また、ヒトにおける遺伝性のナルコレプシーは5%程度にすぎない。このようにヒトのナルコレプシーとナルコレプシー犬では様々な相違が認められるが、ヒトのナルコレプシーにおいてもオレキシン神経系の異常が存在することが明らかとなっている。ナルコレプシー患者の死後脳において、Thannickalらはオレキシン神経細胞の85%から95%の減少を認め、 オレキシン神経細胞が存在していた領域や投射部位においてグリオーシスを認めた(42)。同時期に発表されたPeyronらの報告では、ナルコレプシー死後脳においてグリオーシスの存在は認めなかったがオレキシン神経細胞は完全に消失していた (43)。また、Nishinoらはナルコレプシー患者において脳脊髄液中のオレキシン濃度が検出できないレベルまで低下していることを報告している(44)。ナルコレプシーは思春期頃に発症することが多い病気である。これらのことから、ナルコレプシー患者ではオレキシン神経細胞の後天的な脱落が起こっていると考えられている。

前述したトランスジェニック(orexin/ataxin-3)マウスは、生後の成長過程でオレキシン含有神経細胞が消失するのでナルコレプシーの病態モデルとして注目されている。Yanagisawaらグループは、このオレキシン神経細胞を欠いたトランスジェニック(orexin/ataxin-3)マウスにオレキシンを異所性に持続産生できるトランスジェニック(CAG/orexin)マウスを掛け合わせたダブルトランスジェニック(CAG/orexin;orexin/ataxin-3)マウスを作製した。このマウスではorexin/ataxin-3マウスで認められた暗期(覚醒相)における覚醒の断片化や覚醒からREM睡眠への直接移行などの睡眠異常ならびに脱力発作が起こらない(45)。また、orexin/ataxin-3マウスにオレキシンAを暗期開始前に脳室内投与することによって脱力発作が消失することも認められた(45)。これらのことは、オレキシン神経細胞が完全に消失していても、オレキシンの覚醒作用や抗脱力発作作用が維持できることを示しており、オレキシン神経の投射先のオレキシン受容体、細胞内情報伝達、後シナプスのネットワーク、下流の存在する他の神経伝達物質経路などの未知の作用機序がオレキシンの作用発現に必要であることを示唆している(45)。さらに注? レすべき点として、上記のダブルトランスジェニックマウスでは、明期(睡眠相)におけるnon-REM睡眠が断片化する睡眠異常が認められている(45)。すなわち、オレキシン神経細胞欠損マウスにオレキシンの持続的な補充をすると、覚醒相の覚醒促進や抗脱力発作作用などの好影響があるが、睡眠相のnon-REM睡眠を障害する悪影響も認められている。サーカディアンリズムに逆らわない、適切な時期にオレキシンが適切に働くことが重要であると考えられる。
(2006年5月 記)

文献

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