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ナルコレプシー発症に関連するCPT1B遺伝子とCHKB遺伝子間の変異

(背景)
ナルコレプシー罹患率は日本人で0.16〜0.18%、欧米人で0.02〜0.06%と推定されています。ナルコレプシー患者の第一度近親者の相対的な発症リスクは、一般人口の発症リスクの10〜40倍高くなり、遺伝的因子の関与が考えられています。

1984年に本多らが日本における情動脱力発作を伴うナルコレプシー患者の100%がHLA-DR2陽性であることを見出し、その後、HLA-DRB1*1501/HLA-DQB1*0602ハプロタイプを有していることが明らかになりました。日本人の情動脱力発作を伴うナルコレプシー患者すべてがこのハプロタイプを有しています。しかしながら、日本人のおよそ10%がこのハプロタイプを有していますので、このハプロタイプを有しているだけではナルコレプシー発症の原因にはなりません。

近年、ナルコレプシー犬ではオレキシン2受容体(OX2R)遺伝子に変異があり、オレキシンが正常に機能していないことが分かりました。また、オレキシンを合成できないノックアウトマウスの行動および脳波がナルコレプシーの特徴と類似していることも見出されました。ヒトにおいても、情動脱力発作を伴うナルコレプシー患者の脳脊髄液中のオレキシン濃度が著しく減少していることも判明しました。しかしながら、特別な場合を除いて、ヒトのオレキシン関連遺伝子に異常は見出されていません。

このように、ナルコレプシーの発症メカニズムは未だに完全な理解がなされていません。

(目的)
本試験では、ナルコレプシー発症原因を解明する目的で、情動脱力発作を伴うナルコレプシー患者と健常者を対象としたゲノムワイド関連解析研究が実施されました。

(方法)
381名の日本人の情動脱力発作を伴うナルコレプシー患者と579名の日本人健常者を試験対象としました。ナルコレプシー患者はすべてHLA-DRB1*1501/HLA-DQB1*0602ハプロタイプを有していました。

最初に、222名のナルコレプシー患者と389名の健常者サンプルを用いてゲノムワイド関連解析を行いました。次に、159名の患者と190名の健常者による再現性試験を実施しました。さらに、388名のヨーロッパ人、86名のアフリカ系アメリカ人、115名の韓国人である情動脱力発作を伴うナルコレプシー患者とそれぞれの健常コントロール(ヨーロッパ人397名、アフリカ系アメリカ人98名、韓国人309名)サンプルにおけるゲノムワイド関連解析も実施しました。

約50万個のSNP(Single Nucleotide Polymorphism)を用い、遺伝子型解析を行いました。 

(結果)
日本人サンプルによる最初のゲノムワイド関連解析研究で、HLA領域のSNPsがナルコレプシーと有意に関連することが認められました。この領域内の30個のSNPによる再現性試験を実施したところ、rs5770917(chromosome 22q13,33)という1個のSNPが有意に関連しました(オッズ比:1.79、 95%信頼区間:1.43-2.25、 p値:4.4x10-7)。

異なる人種におけるrs5770917とナルコレプシーの関連性についてメタ解析を行うとオッズ比1.40(95%信頼区間:1.06-1.84、p値:0.02)と有意でした。Post hoc解析では、韓国人において有意な関連性が認められました(オッズ比:1.40、95%信頼区間:0.97-2.00、p値:0.03)。ヨーロッパ人(オッズ比:1.33、95%信頼区間:0.83-2.13、p値:0.12)およびアフリカ系アメリカ人(オッズ比:1.86、95%信頼区間:0.60-5.81、p値:0.14)では有意ではないものの同様の傾向が認められました。

rs5770917はCPT1B(carnitine palmitoyl-transferase 1B)遺伝子とCHKB(choline kinase beta)遺伝子の間に位置しており、両遺伝子を含むおよそ15-kbの連鎖不均衡ブロックが同定されました。ハプロタイプ解析により、この連鎖不均衡ブロックにおける危険ハプロタイプは rs5770917内のminor allele(C allele)がトリガーになっていることが確認されました。

日本人の minor allele frequency(MAF:0.252)と韓国人のMAF(0.248)はほぼ同じであるのに対して、ヨーロッパ人とアフリカ系アメリカ人のMAFはそれぞれ0.053、0.047と小さく、危険ハプロタイプの頻度が小さいことが認められました。

このminor alleleのホモ接合体(TT)を有する日本人被験者と比較してヘテロ接合体(TC)を有する日本人被験者では、CPT1BとCHKBのメッセンジャーRNAの発現が有意に減少していました。

(考察および結論)
日本人サンプルを用いたゲノムワイド関連解析研究において、CPT1B遺伝子とCHKB遺伝子が含まれる連鎖不均衡ブロックにナルコレプシー発症と有意に関連する危険ハプロタイプの存在が見出されました。

CPT1Bは筋肉ミトコンドリアの長鎖脂肪酸のβ酸化の律速酵素です。長鎖脂肪酸は細胞質で活性化されてアシル-CoAになりますが、アシル-CoAはミトコンドリア内膜を通過できません。そのため、カルニチンと結合してからミトコンドリアに取り込まれ、再び脂肪酸アシル-CoAに再生されます。この過程において、CPT1Bは重要な役割を担っています。さらには、β酸化やカルニチンシステムが睡眠の制御に関わるといった報告があります。

CHKBはコリン代謝に関わる酵素です。コリンは、神経伝達物質であるアセチルコリンの合成基質です。アセチルコリンにはレム睡眠や覚醒を調節する働きがあります。

以上、今回の結果から、日本人や韓国人ではrs5770917のrisk allele(C)頻度が高く、このハプロタイプとナルコレプシーの発症との関連性が認められました。さらに、このハプロタイプを有するとCPT1BとCHKBの発現が低下し、それがナルコレプシー症状に関与している可能性が示唆されました。

今回の知見は、ナルコレプシーの病態において新たな経路の存在を示唆するものであり、将来的に新しい治療薬の開発に寄与するかもしれません。
  (Miyagawa T, et al.: Variant between CPT1B and CHKB associated with suscepitibility to narcolepsy. Nature Genetics, online  (2008)



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