オレキシンは hypoxia-inducible factor 1 活性を促進させる

(背景)
ナルコレプシーという病気は古くから知られていましたが、その原因やメカニズムはよく分かっていませんでした。近年になって、ヒトのナルコレプシーとよく似た症状を示すナルコレプシー犬ではオレキシンという神経伝達物質(神経ホルモン)が結合するオレキシン2受容体の遺伝子に変異があり、オレキシンが正常に機能していないことが分かりました。その後、ヒトの情動脱力発作を伴うナルコレプシー患者の脳脊髄液中のオレキシン濃度が顕著に低いことが判明し、オレキシンの欠乏がナルコレプシーの発症と大きな関係性があることが認められるようになりました。

しかしながら、ナルコレプシー患者では、どのような原因と機序でオレキシンが欠乏するのか、まだ解明されていません。また、オレキシンが発見されたのは最近のことであり、オレキシンがどのような働きをしているのかについても十分に理解されていませんでした。

(研究内容要旨)
オレキシン1受容体を発現させたHEK293細胞を用い、培養液にオレキシンA 100nMを2時間あるいは4時間添加したときに発現が変化する遺伝子をスクリーニングしました。オレキシンを添加しないときと比較して発現が2倍以上増加した遺伝子が260個、1/2以下に減少した遺伝子が60個認められました。オレキシンの添加により発現が変化した遺伝子の多くは、細胞の成長、代謝、転写因子などに属するものでした。なかでも低酸素誘導因子であるhypoxia-inducible factor 1α (HIF-1α)は、オレキシンによっておよそ15倍のアップレギュレーションが確認されました。

このように、今回の研究において、オレキシンが好気的条件下でHIF-1を活性化させることが明らかになりました。HIF-1は低酸素腫瘍細胞内の血管新生を促進させる病態因子として注目されているヘテロダイマーの転写因子です。オレキシンによるHIF-1活性の促進はHIF-1 α遺伝子の転写活性の促進とvon Hippel-Lindau (VHL)のダウンレギュレーションによるものであることが示唆されました。VHLはubiquitin-proteasome経路を介したHIF-1の代謝回転に関与するE3 ubiquitin ligaseです。オレキシンを介したHIF-1の活性化によりグルコース取り込みの増加や解糖系の活性化が生じます。これは、今までの低酸素細胞の研究から示唆されているHIF-1の作用と類似した作用です。しかしながら、オレキシン受容体発現細胞では低酸素細胞での嫌気性解糖とは異なり、最も効率のよいTCA回路と酸化的リン酸化反応を介するATPの産生を促進させることが明らかになりました。

(補足説明)
この研究結果はいくつかの理由から非常に注目されています。生物は、進化の過程で生き延びるために都合のよい覚醒と睡眠のシステムを作り上げてきました。肉食動物は飢えてエネルギーが枯渇した状態でも、狩に成功しなければ生き延びることはできません。草食動物では飢えてエネルギーが枯渇しても、注意力を維持し覚醒レベルを高めていないと敵に襲われてしまいます。そのようなときに、オレキシンがHIF-1を好気的な状態で活性化させることにより、最も効率のよいTCA回路を用いて糖を燃焼してATPを産生したり、覚醒の維持に貢献したりしていると考えると、とても理にかなっています。ですから、オレキシン−HIF-1 pathwayの研究をすることにより、覚醒、注意力、睡眠、エネルギー代謝などの生理作用の解明につながる可能性がでてきたのです。しいては、ナルコレプシーの病態研究の解明の新たな方向性が開けるかもしれません。その一方で、低酸素状態における腫瘍細胞の増殖を阻止することを期待して精力的に研究が実施されているHIF-1の阻害薬の開発において、正常細胞に与えるネガティブな影響の検討も必要となるかもしれません。

(Sikder D and Kodadek T: The neurohormone orexin stimulates hypoxia-inducible factor-1 activity. Gene and Development 21: 2995-3005, 2007)


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