ナルコレプシー関連遺伝子の探索

ナルコレプシーは多くの遺伝的因子と様々な環境要因により発症する過眠症です。ナルコレプシーと強い関連性が認められている遺伝的因子として、ヒトの6番染色体に位置していて、白血球の血液型と呼ばれるHLA領域内のHLA-DRB1*1501-DQB1*0602ハプロタイプがあります。しかしながら、それ以外の遺伝子との関連性は知られていません。日本人のナルコレプシー患者のほとんどすべてが、このHLAに対して陽性ですが、健常人においても10%程度が陽性です。ですから、HLAとナルコレプシーの間には高い因果関係が存在するものの、発症にはHLA以外の未知の遺伝子の関与が考えられます。

近年になって、ナルコレプシーの病態として視床下部に存在するオレキシン神経細胞の減少や脳脊髄液中のオレキシン濃度の著しい低下が判明しました。しかしながら、ナルコレプシー患者と健常者の間で、オレキシンやオレキシン受容体の遺伝子に明らかに異なる多型は認められていません。

ナルコレプシーは自己免疫疾患であることを示唆する報告もあります。HLA-DQB1*0602ハプロタイプの情動脱力発作を伴うナルコレプシー患者の血清から分画した免疫グロブリンGをマウスに投与すると、うずくまり毛を逆立てるストレス様行動と活動期に短時間行動が止まるナルコレプシー様行動が生じることが報告されています。また、HLA-DQB1*0602ハプロタイプを有し、情動脱力発作を伴うナルコレプシー患者の脳脊髄液からの免疫グロブリンGがラット視床下部のタンパク質に結合するという報告もあります。しかしながら、ナルコレプシーの病態生理学的な仕組みの解明に至っていません。

本研究では、ヒトのナルコレプシーに対して感受性あるいは抵抗性である新たな候補遺伝子を探索するために、23,244個のマイクロサテライトマーカーを用いてゲノムワイドな探索が実施されました。この方法は、ゲノム全体から候補領域を探索するのに非常に有用です。最初に、HLA関連遺伝子のある6番染色体の1,265個のマイクロサテライトマーカーを用いてナルコレプシー患者と健常者から得た検体を調べたところ、ナルコレプシー患者とHLA領域に強い関連性のあることを確認できました。このように実験方法の妥当性を確認したうえで、次に、6番染色体ではない21,979個のマイクロサテライトマーカーを用いてゲノムワイドな探索が実施されました。

1次スクリーニング、2次スクリーニングの結果、6番染色体以外で80個のマイクロサテライトマーカーにおいて、それぞれプールされたナルコレプシー患者群と健常者群の検体で明らかな違いが認められました。関連性を確認するために、95名のナルコレプシー患者と95名の健常者からの検体を個別にタイピングしたところ、30個のマイクロサテライトマーカーに統計的に有意な差を認めました。

そのうちの1つであり、ナルコレプシーと強い関連性が認められた21番染色体のある領域(21q22.3)に対して、その領域内の14ヶ所の新たなマイクロサテライトマーカーと74ヶ所のSNPsを指標として詳細な解析を行いました。その結果、その領域には3つの候補遺伝子 NLC1-A、NLC1-B, NLC1-C (Narcolepsy candidate-region 1 genesと命名)が存在しており、そのうち NLC1-AとNLC1-Cはヒトの視床下部に発現していることが判明しました。興味深いことに、ナルコレプシー患者と健常者で有意な差が認められたマイクロサテライトマーカーのひとつがNLC1-A遺伝子のプロモーター領域に存在し、SNPのひとつがイントロンに存在することが確認できました。いずれも、遺伝子発現に影響を与える場所です。これらの所見から、NLC1-Aはヒトのナルコレプシーの発症に抵抗性を有する新規遺伝子の可能性が示唆されました。残る29個のマイクロサテライトマーカー領域に関しては、現在解析が進められています。
(Kawashima M et al., Genomewide association analysis of human narcolepsy and a new resistance gene. Am J Hum Genet 2006; 79: 252-263)

(用語解説)

マイクロサテライトマーカー:
数個のDNAを基本単位とする短い配列が繰り返し続く部分(例えば、CACACACACACACA)をマイクロサテライトマーカーといいます。このような、マイクロサテライトマーカーはゲノム全体に比較的均一な距離間で散在しており、多型に富んでいるため、精度の高いゲノムワイドなマッピングに利用されています。

SNP(Single Nucleotide Polymorphism:単一ヌクレオチド多型):
ゲノムの塩基配列における1塩基多型のことをいいます。マイクロサテライトと同様にゲノム全体にほぼ均一に散在していますが、その距離間は500−1000塩基と高密度です。そのため、マイクロサテライトマーカーと同様に特定疾患の原因遺伝子の探索や、個人の体質差などの研究に用いられますが、対立遺伝子が2個しかないので多様度が低いという欠点があります。

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