養生訓と睡眠6 目次に戻る 次へ進む

機慷楡厳院戮いまに伝える「『睡眠』ちょっといい話」


 『養生訓』という書物をご存じでしょうか。江戸時代の儒学者・貝原益軒(1630〜1714)が晩年、83歳のときにまとめた「健康な生活の暮し方についての指南書」です。300年ほど経ったいまも多くの訳書・解説書が出版され、健康本の原典として読み継がれ、まさに今日の健康ブームの原点がここにあるといっても過言ではありません。



 この『養生訓』には、養生のために、「4つの欲」を慎むことの重要性が語られています。4つの欲とは、「飲食の欲」「好色の欲」「眠りの欲」「言語をほしいままにする(ムダにしゃべりたがる)欲」です。
 「眠りの欲」を慎めば健康になれると説く『養生訓』。では、この書のなかで「睡眠」がどのように語られているのかを見ていきましょう。もちろん、300年経ったいまも、その正しさは変わらないという教訓もありますし、その後の睡眠研究によって「ちょっと違うかな?」と思うようなこともあるでしょう。そういったことを楽しんでもらうことも、「睡眠とは何か」を考えることにつながります。



(6)「昼寝」は横になってはいけない!?
 養生訓・巻第一・総論下「寝る時間を少なくする」で貝原益軒は、「睡眠のとり方」について、次のように述べています。
「酒食のまだ消化しないうちに横になって眠ると、かならず酒食がとどこおって、気もふさがり病いとなる。心がけて注意しなくてはならない。昼間は横になって眠るのはよくない。元気を大いにそこなうからである。もし、ひどく疲れたならばうしろに寄りかかって眠ればよい。それでも横になりたいときは、そばに人をおいて少々眠るがよい。長くなったならばそばの人に呼び起こしてもらうがよい」(『養生訓』貝原益軒著/伊藤友信訳、講談社学術文庫)



 貝原益軒が生きた江戸時代に、睡眠医学、睡眠学は当然ながらいまのように体系化されたものでも、体系化されつつあるものでもありませんでした。それでも貝原益軒は、「寝る時間を少なくする」で、次のことを「こうすべきだ」と断言しています。
|訖欧呂靴覆い曚Δよいが、どうしても昼寝したい場合は横になって寝るのではなく、うしろに寄りかかる
△気蕕法△匹Δ靴討皺になりたいときは、誰かに起こしてもらえるようにして横になる
これは今日でも、重要な考え方です。まず、|訖欧鬚垢襪覆蕕弌横になるより後ろに寄りかかるということについて。今日、いろいろな睡眠法、とくに短時間睡眠法といった睡眠法を推奨する書籍のなかでも、同じように「横になるなら、ゆったりとした椅子に腰掛けて寝たり、デスクに伏して寝たりしたほうが、本腰を入れて寝入ってしまわずによい」といったことを述べています。
そして△痢屬修譴任皺になりたいときは、起こしてくれる人を」とは、つまり、「アラームの大きい目覚まし時計を置いておくように」ということです。貝原益軒の生きた時代はいわば鎖国の時代で、和時計は一部にあったでしょうが、西洋時計は一般には使われていません。だからこそ、「アラームの代わりになる人に横にいてもらって」ということになったのでしょう。とても素朴な考え方ですが、その素朴さに卓見を感じさせる記述です。



 ところで、この「ちょっとだけ眠る」ことに関して、現代の睡眠学では、さまざまな研究が進んでいます。その1つに、「マイクロスリープ」があります。  マイクロスリープとは、短ければ数分の一秒、長くてもせいぜい数十秒程度、眠った状態になっていること。みなさんも、睡眠不足や精神的な疲労などが原因で、フッと眠ってしまうことがあるはず。でも、そのあとは、やけにすっきりする(運転中に起こると大変ですが)……、それです。  もっとも、マイクロスリープ症状があったかどうかを第三者が判定する方法は一様ではなく、首やまぶたの動きから判定できるとする専門家もいれば、アルファ波の基礎律動に代わりシータ波の律動があった(アイオワ大学の研究)など、脳波で測定できるという専門家もいます。
 また、このマイクロスリープは、日本語では「強烈な睡魔に襲われた」といった言い方もされます。このとき体はビクッとしますが、これは「ジャーキング」と呼ばれる、体の筋肉を収縮させることで発生する動作です。  マイクロスリープは本人の自覚なしに起こります。ですから、本来はやろうと思ってできることではありません。その点、通常の居眠りと違い、「一瞬、意識が飛んでしまう」という言い方もされます。



 ところが、無意識に起こるからといって、悪いことばかりではありません。眠かったのが嘘のようにスッキリしていることもあります。超短時間ですが、脳を休めることができるのです。もし、意図的にマイクロスリープを利用できれば、脳を意識的に一瞬のうちに休めるということもできます。これを「超短時間仮眠法」といった方法で勧めている専門家もいます。たとえば、『1分仮眠法』という睡眠法です(『脳も体も冴えわたる「1分仮眠法」』、坪田聡著)。この本によると、眠気を覚えたら1分仮眠を遠慮なく繰り返すことでも、脳の疲労や体内の老廃物の除去に効果があるということです。
このような短時間の睡眠をとるとき大切なのは、やはり養生訓が勧めている睡眠の方法と似ています。「眠る前に起きる時刻を意識しておくこと(いつ寝入っても、起きる時刻を意識しておくと、その時間に起きることができる可能性が高まる)と、椅子に座って行うこと(横になってしまうと完全に寝てしまう可能性がある)です。



 マイクロスリープ現象を侮ってはいけません。アメリカNASAの睡眠疲労研究グループによる、パイロットの作業効率と睡眠についての研究では、交替で40分間ずつうたた寝をしたグループとうたた寝をしないで運行作業を継続したグループにおいて、覚醒状態に大きな差が生じたそうです。うたた寝をしないグループでは作業能力が劣っただけではなく、マイクロスリープの回数が驚くほど多いという結果が出ました。「少しだけでも居眠りをしたほうが、マイクロスリープに陥ることを減らすことができ、回復力が高まる」ということです。
 養生訓が出版された当時、マイクロスリープという言葉はありませんでした。しかし、人間の営みのなかで、その現象はあったはずです。ひょっとすると、貝原益軒は、この「睡魔に襲われて、意識を飛ばすこと」に危惧し、マイクロスリープが起こるような日常の睡眠を戒め、できれば、昼寝をしなくてもよいように夜にきちんと眠ることを推奨したのかもしれません。
 ただし、時代は変わり、1日の睡眠時間は江戸時代と比べて大きく減っています。だからこそ、「せめて昼寝・居眠りを前向きにとらえましょう」となり、「寝る前に起きる時間を意識して、完全に寝入ってしまわないように椅子に座って寝る」という方法もがより重要である……、となってきたと考えることもできます。




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