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機_正された「睡眠指針」


(2)改正指針の科学的な根拠は?

 2014年3月末、国(厚生労働省健康局)は「健康づくりのための睡眠指針2014」を発表した。2003年に「健康づくりの睡眠指針」が策定されて以降、11年ぶりの改訂である。
 その指針には、どのような科学的な根拠があるのか。改正指針に沿って、おもだった根拠を見ていこう。なお、ここでは文献・論文の名称ではなく、研究結果・成果のみをレポートする。




1 良い睡眠で、からだもこころも健康に。

・睡眠と体の健康は関係あるの?

 日本人の死因は、悪性新生物、心疾患、脳血管疾患等の生活習慣病が約6割を占める。これらの生活習慣病は日々の生活習慣と深く関連する。睡眠は、食事、運動、飲酒、喫煙など他の生活習慣と同様に人間の健康と深く関係している。そのため、日常的に睡眠時間の短い人も長い人も死亡リスクが高まる。

・睡眠と心の健康は関係あるの?

 また、不眠は抑うつなどの心の不健康につながる。日本人高齢者を対象にした研究でも、不眠症状の一つである入眠困難は、その後に発症する抑うつの危険因子となることが知られている。健常者を対象にした研究では、実験的に睡眠を剥奪すると身体愁訴、不安、抑うつ、被害妄想が発生し、感情調節力や建設的思考力、記憶能力など心の健康を保つうえで重要な認知機能の低下が生じるとされる。また、睡眠不足は感情調節や遂行能力をつかさどる前頭前野や大脳辺縁系の代謝活性を低下させ、ストレスホルモンであるコルチゾルの分泌量を増加させる。

・不適切な睡眠は事故につながるの?

 スリーマイル島原子力発電所の事故(1979年)やスペースシャトルチャレンジャー号の事故(1986年)など、睡眠不足による眠気がその原因となった可能性があり、居眠り事故は、他の原因の事故に比べて死亡事故につながりやすいとされる。公共交通機関運転者やタクシー運転者を対象にした研究では、主観的眠気の強さに応じて交通事故発生の頻度が高い。交通事故を起こした運転者では、夜間睡眠が6時間未満の場合に追突事故や自損事故の頻度が高い。

 


2 適度な運動、しっかり朝食、ねむりとめざめのメリハリを。

・睡眠にとって定期的な運動や規則正しい食生活は大切か?

 日本人高齢者を対象にした研究では、1日30分以上の歩行を週5日以上実施している人や週5日以上の習慣的な運動をしている人は、入眠困難や中途覚醒の有訴者率が低い。

・朝食と睡眠の関係は?

 睡眠-覚醒リズムが不規則な人は、朝食の欠食頻度が多く、摂取量が少なく、昼食や夕食の摂取量が多い傾向がある。日本の中学生と高校生を対象にした研究では、朝食を欠食する頻度が多い人ほど入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒、不眠を訴える割合が多い。

・寝酒と睡眠の関係は?

 日本人は寝酒をする頻度が高い。日本人は睡眠に問題があっても主治医に相談する頻度は低く、睡眠のためにアルコールをとる人の割合が高い。
 飲酒によって睡眠前半のレム睡眠は減少し、睡眠全体の中で浅いノンレム睡眠である段階1の睡眠が特に睡眠後半に増加する。なお、飲酒によって、睡眠時間は減少する。長期的には、飲酒は睡眠を質・量ともに悪化させる。

  ・就床前の喫煙やカフェイン摂取と睡眠の関係は?

 たばこに含まれるニコチンには比較的強い覚醒作用があり、喫煙によって不眠が引き起こされる可能性がある。喫煙本数が多いほど不眠の割合が多い。喫煙により摂取されたニコチンは約1時間程度作用するため、就床1時間前の喫煙や睡眠の途中で目が覚めた際の喫煙は避けたほうがよい。
 カフェインは覚醒作用を持っており、コーヒー、緑茶、ココア、栄養・健康ドリンク剤などに多く含まれている。夕方から就寝前のカフェインの摂取は、入眠を妨げたり、睡眠時間を短くさせたりする傾向がある。




3 良い睡眠は、生活習慣病予防につながります。

・睡眠不足や不眠と生活習慣病の関係は?

 短い睡眠時間や不眠は肥満、高血圧、耐糖能障害、 循環器疾患、メタボリックシンドロームを発症する危険性を高める。睡眠の問題を早期に発見し、適切に対処すれば、多くの生活習慣病の発症や重症化の予防につながる可能性がある。

・睡眠時無呼吸も生活習慣病に関係するの?

 過去約10年に発表された数多くの研究では、(閉塞性)睡眠時無呼吸やその症状の1つであるいびきが生活習慣病(高血圧、糖尿病、歯周疾患、心房細動、脳卒中、虚血性心疾患、突然死等)の発症の独立した危険因子であることが示されている。
 多くの研究では、(閉塞性)睡眠時無呼吸の適切な治療によって症状が改善し、高血圧や脳卒中の危険性も低下するとされる。また、肥満者では減量が睡眠時無呼吸を改善させる。

・肥満と睡眠時無呼吸の関係は?

 肥満が睡眠時無呼吸の発症・悪化に影響を及ぼしていることは多くの研究で明らかにされている。食事指導等の介入によって体重が減少した人は、介入がなく体重が減少しなかった人と比較すると、睡眠時無呼吸症候群の重症度が低下する。
 また、10%の体重増加があった人では体重の増加がない人と比較すると、睡眠時無呼吸を発症する危険性が6倍である。肥満のある睡眠時無呼吸患者には体重減少が、肥満のない人についても適正体重を維持することが睡眠時無呼吸の予防には重要である。




4 睡眠による休養感は、こころの健康に重要です。

・睡眠による休養感が得られない場合は心の健康にも影響する?

 何らかの精神疾患患者が持つ睡眠関連症状で最も高い有訴者率を示すものは、睡眠による休養感の欠如であり、中途覚醒、早朝覚醒、入眠困難と続く。
 睡眠の質を評価する指標としては、睡眠脳波により把握した総睡眠時間や睡眠段階出現率などの客観的指標があるが、客観的指標と比べて睡眠の満足度や主観的な睡眠時間、特に睡眠による休養感といった主観的指標のほうが心の健康とより強く関連する。
 睡眠による休養感の欠如は、主観的な健康度の低下と最も強く関係し、その他の不眠とは独立して、身体機能、認知機能、感情と関係する。

・睡眠による休養感がなく日中もつらい場合はうつ病に影響する?

 うつ病はしばしば食欲の低下、疲労感、消化器症状、身体疼痛などの身体症状を伴うが、睡眠関連症状もその代表的な症状であり、ほとんどの患者が何らかの睡眠障害を呈する。不眠は抑うつを促進する可能性がある。日本人高齢者を対象にした研究では、3年間の追跡の結果、入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒、日中の過剰な眠気のうち、入眠困難のみが抑うつの悪化と関係するとされる。




5 年齢や季節に応じて、ひるまの眠気で困らない程度の睡眠を。

・必要な睡眠時間の根拠は?

 1日の睡眠時間については、日本の成人を対象にした研究において、7時間以上8時間未満が男性30.5%、女性29.9%であり、全体としては7時間前後をピークにした広い分布となっている。睡眠時間は食欲や気分とともに季節により変動する。

・睡眠時間と加齢の関係は?

 夜間に実際に眠ることのできる時間は、成人してから加齢により徐々に短くなる。脳波を用いて客観的に夜間睡眠時間を調べた研究では、夜間睡眠時間は15歳前後で8時間、25歳で約7時間、 その後30年経って45歳には約6.5時間、さらに20年経って65歳には約6時間というように、成人してからは20年ごとに30分程度の割合で夜間睡眠時間は減少する。一方、夜間に寝床で過ごした時間は、20030歳代は7時間程度だが、45歳以上は徐々に増加し、75歳は7.5時間を越える。
 過去の研究では、7 時間前後の睡眠時間の人は、生活習慣病や死亡に至る危険性が最も低いことが示されている。

・加齢で朝型化する根拠は?

 年をとると徐々に早寝早起きの傾向が強まり朝型化する。日本の一般住民を対象にした研究では、年齢が高い者ほど早朝覚醒の頻度が高いが、その傾向は特に男性で著しい。

・日中の眠気で困らない程度の自然な睡眠が大事?

 睡眠時間は生活様式によって影響を受ける。睡眠不足が続くと、より長い睡眠が必要になる。また、日中活発に過ごした場合、より長い睡眠が必要になる。
 季節によっても睡眠時間は変化する。睡眠が不足すれば、日中の眠気が強くなり、種々の心身の問題が生じる。一方で、長く眠ることを意識しすぎると睡眠が浅くなり中途覚醒が増加する。健康保持の観点からは、日中しっかり覚醒して過ごせるかどうかを睡眠充足の目安として、心身の不調や問題があるときには睡眠習慣について振り返ることが重要である。




6 良い睡眠のためには、環境づくりも重要です。

・自分にあったリラックス法ってあるの?

 覚醒水準が高く興奮した状態は、睡眠を妨げるため、スムーズに入眠するためにはリラックスすることが大切である。このためには、寝床に就く前に少なくとも1時間は何もしないでよい時間を確保することが有効である 。また、睡眠時間や就床時刻にこだわり、眠くないにもかかわらず無理に眠ろうとすると、逆にリラックスできず寝つきを悪化させることがある。そのため、およそ30分以上寝床で目が覚めていたら、一度寝室を離れるなどして気分を変える工夫が大切である。
 睡眠と体温の変化は密接に関係しているため、就寝30分〜6時間前の入浴による体温変化は、入眠の促進や深睡眠の増加といった睡眠の改善効果を持つ。適切な時刻に 40°C程度の高すぎない湯温で入浴するのであれば精神的なリラックス効果に加え、湯に浸かって軽く体温を上げることで末梢血管が拡張して、その後の放熱が活発になり、寝ついてから90分前後における深い睡眠を増加させることにつながる。

・自分の睡眠に適した環境づくりの中身は?

 寝室の温度、湿度、騒音、光、寝具、寝衣などの環境は睡眠の質と関係する。寝室・寝床内は静かで暗く、温度や湿度を季節に応じて適切に保つことが大切である。
 温度については、高温環境、低温環境のいずれでも覚醒が増加し、深いノンレム睡眠(徐波睡眠)やレム睡眠が減少する。寝床内で身体近傍の温度が33°C前後になっていれば、睡眠の質的低下はみられない。また、同一の温度環境下では、高湿度になると覚醒が増加し、深睡眠が減少する。
 夜間の騒音は45〜55dB 程度であっても、不眠や夜間の覚醒が増加する。一方で、暗く無音の実験室で過ごすなど感覚刺激が極端に少ない条件では、反対に覚醒度が高まり、物音などの些細な刺激が気になったり、不安や緊張が高まったりする。
 ある程度以上の明るさの光のもとで一定時間以上過ごすと、目からの光情報が脳内内の体内時計や自律神経の中枢に伝達され、交感神経活動を高め、覚醒度を上昇させる。これが日中であれは眠気を低減して覚醒度を維持するとともに、体内時計に働きかけて昼夜のメリハリを強化するのに役立つ。
 一方で、入眠前に普通の室内よりも明るい光の下で数十分過ごすだけでも、光の覚醒作用や体内時計を介したリズムを遅らせる作用のために入眠が妨げられる。







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