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●遅刻・朝寝坊の症状と“歴史”●

「よく遅刻する人」がいる。「遅刻常習犯」という言い方もある。朝、学校の始業のベルが鳴ると同時に着席し、「ギリギリセーフ!」と言うような生徒。平気で1限目をすっぽかす強者も……。また、昼も夜も、どこで、どのように待ち合わせても、待ち合わせ時刻ギリギリか、数分遅れで到着するような人もいる。
遅刻はさまざまなタイプがあるが、そのなかには睡眠不足や朝寝坊など、睡眠習慣の乱れがもともとの原因となっているものがある。




遅刻をめぐる病気としては、主に2つの病名・症状が挙げられる。
1つは、睡眠障害の一種といわれる睡眠相後退症候群である。DSPS(Delayed sleep-phase syndrome)とも呼ばれ、睡眠相後退障害 (delayed sleep-phase disorder) と、障害の一つに位置づけられることもある。
これは、慢性的な睡眠(入眠)のタイミングに関する障害(=概日リズム睡眠障害)の一つであり、DSPSの患者は夜とても遅い時刻(むしろ未明や明け方)に眠りにつく傾向があり、そのために朝、ふつうの人の起床時刻に起きることが困難となる。
ちなみに、DSPSの患者は何時に床に就いても夜遅くというより早朝まで眠ることができないことが多いが、それでも、毎日ほぼ同じ時刻に眠ることができると報告されている。そのため、「よく眠れているかどうか」の判断において、睡眠時無呼吸症候群のような睡眠障害をあわせ持っていない限り、「よく眠れている」という日もある。
ただし、通常は、通学や通勤などの社会生活を営むため、DSPSの患者はわずかの睡眠時間で起床しなければならないことになる。そのことに困難を感じ、遅刻も頻繁になりかねない、ということになるわけだ。
DSPSは通常、幼少期または思春期に発症し、思春期または成人期の始めになくなるとされている。主に若年層に発症する症状だ。病気としては、慢性的な不眠症の1割近くはDSPSが原因であるとされるが、一方で、DSPSの存在そのものを詳しく知る医師がこれまでは少なかったという事情もある。そのため、患者はきちんとした治療を受けられなかったり、不適切な治療を受けたりしていることがよくあるようだ。

もう一つの病気は、文字どおり、「慢性遅刻症候群」と呼ばれる病気だ。最近では、イギリスの男性の症例がニュース記事としてインターネットでも注目を集めていた。
記事によると、その男性は、夜7時から始まる映画を見に行こうとしていた日に、朝8時15分に起きた。ところが、「11時間も準備の時間があった」にもかかわらず、いつものように上映開始時刻から20分遅れて映画館に到着したのだという。
彼は、いつ、どんな時刻でも遅刻する「遅刻常習犯」のタイプだ。過去にはもっと派手な遅刻を繰り返してきたという。彼は正確な時刻を刻む電波時計を使っていつも時間を気にするようになり、早めの行動を心掛けてはいるが、必ずといってよいほど遅刻してしまうそうだ。
医師の診断によると、彼の脳のなかで、一般的にADHD(注意欠陥・多動性障害)が起こるとされる部分に問題があり、「時間の経過を正確に把握できない」症状が現れていたとのこと。たとえば、「2時間電話で会話をしても、15分くらいしか経っていないような感覚になるときがある」という。そのため、「いま何時であるか」という「時刻」はわかっても、「経過時間の把握や管理」がとてもむずかしくなるそうだ。



遅刻してしまうことを病気の症状から考えると、睡眠習慣の乱れに関連したものと、そうではない時間経過の把握が困難なことによるものがあるということになる。
そのうち、前者については、具体的に、どのような調査がなされているのだろうか。若年層について、少し古い調査になるが、富山大学の神川康子氏(人間発達科学部教授)が2002年、小中高校の養護教諭に児童・生徒の心身の健康状態を調査したデータを紹介しよう。
この調査によると、「生活の夜型化」は98.6%の先生が認め、朝寝坊は85.4%にのぼるなど、どの学年にもわたって「睡眠習慣のゆがみ」があることが指摘された。

さらに朝寝坊に関連しそうな項目を挙げてみると、「朝食の欠食」や「排便習慣の未確立」が起こりやすくなると考えられる。調査データでは、それぞれ71.2%、79.8%だ。また、心身の不健康さを示す「情緒不安定」「キレやすい」「がまんできない」「疲れている」という項目は、それぞれ80.0%、71.9%、86.1%、81.3%となっている。いずれも大きな割合を示し、朝寝坊などの睡眠不足、睡眠習慣のゆがみは、心身両面に相互に関連しながら、発達にも大きな影響を与えているといえるだろう。

平日は学校の始業時刻もあるので一定の時刻に頑張って起きるとしても、休日は朝寝坊になる人も多い。とくに小学生ではそれほどではないにしても、中高生は部活の朝練でもない限り、休日に大幅な朝寝坊になるようだ。
平均的な起床時刻より遅く起床した人は、生活リズムの調整が不十分なままその日を過ごし、生活リズムが乱れてしまうことになる。休日に朝寝、2度寝をして朝寝坊になり、睡眠時間を長くとっても、長い目で見れば体調を崩すだけになりかねない。週平均の睡眠時間、起床時刻、就床時刻から2時間以上変動する時間・時刻が週4回以上あると、「不規則生活」と分類されることも、若年層の人たちは知っておいたほうがよいだろう。



なお、「遅刻」という概念は人間の生活において、定刻・時間厳守という社会規範によって後づけされたものであるということもできる。すると、「遅刻という概念が普及したのはいつか」ということが問題だ。それは、「時計が生まれ、時計によって時間を計り始めてから」ということになり、学校に通う世代では、学校という制度が生まれ、時間割りを組んだときから」ということになるだろう。たしかに時間厳守の思想は、「時の記念日」が制定された大正期(大正9年)に急速に広まったといわれている。

このような状況を受けて、「遅刻をどう防ぐか」の研究も進められた。明治から大正期の職工の労働と生活の問題について詳細な分析を行い、遅刻の解決策をまとめた論文が出ている。また、同時期に、遅刻を病気と位置づけ、科学的管理法の観点からその撲滅が生産性の向上につながると論じた論文もある。



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