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●盛んになった睡眠物質の研究●

睡眠物質の研究において、1953年、アメリカのクライトマンらによってレム睡眠が発見されたことは特出すべき事柄だ。なぜなら、睡眠にはレムとノンレムの2種類があることが脳波の解析によって判明したのだから、その分類に応じて、どのような物質が影響を与えているかを克明に研究することで、睡眠物質の発見につなげることができたからだ。そのような背景もあり、レム睡眠が発見されて以降、ウサギやヤギなどの動物実験を通じて、研究者たちは睡眠物質の発見に務めた。




1980年代に入り、睡眠研究が進むとともに、さらに睡眠物質の研究もさかんに行われるようになる。そのなかで睡眠物質として同定されたものに、ウリジン、酸化型グルタチオンがあり、また、プロスタグランジンD2といった睡眠物質がある。このうち、プロスタグランジンD2を中心に見ていこう。
プロスタグランジンは生き物の生理活動に影響を与える生理活性を持つ脂質の1種で、5種類ほどに分類されている。そのうち、プロスタグランジンD2については、筋肉の明確な収縮や弛緩が見られず、すなわち生理活性のないプロスタグランジンであり、いわばプロスタグランジンを生成する際の副産物といったように考えられていた。



ところが、動物実験でラットの頭の中にプロスタグランジンD2がたくさんできている実態がわかり、その理由はなぜなのかを究明した結果、睡眠に影響を与える物質、すなわち睡眠物質であることがわかったのである。
プロスタグランジンD2は脳を包んでいるクモ膜の細胞の受容体と結びつくと、局所的にアデノシンの濃度が高まる。そして、それがアデノシンA2A受容体発現神経細胞を活性化させ、これが睡眠中枢の働きを高めて眠気をもたらすと考えられている。
そのほか、睡眠物質としてよく知られているメラトニンの研究も進んだ。発見されたのは1958年と、睡眠物質の研究としては初期のころと言える。
メラトニンは、脈拍や体温、血圧を低下させることによって睡眠と覚醒のリズムを調整する役割を果たしている。目に入る光の量が減ると脳の松果体と呼ばれる部分でメラトニンが分泌を始め、徐々にその分泌量が増え、午前2時頃が分泌量のピークになると言われている。
また、睡眠物質としては、ムラミルペプチドという物質がある。これは、原核生物の細胞壁を構成する架橋ペプチドのことで、眠らせないでおいた、すなわち断眠状態のヤギの脳の周りを囲む液体(脳脊髄液)から抽出された物質だ。



このような動物実験の基本的な手法は、まず、動物を眠らせずにおいて、脳脊髄液や血液、尿などを採取し、分離して、含まれている物質を調べ上げ、その物質を脳などに戻すと、その動物が眠るかどうか脳波測定によって検証するということになる。もし、その動物が特定の物質の投与することで眠りにつけば、その投与された物質が睡眠物質であるということになる。このような研究によって何が睡眠物質であるか判明したということは、睡眠物質の「発見」というよりむしろ「同定」と言うべきものかもしれない。
この点では、プロスタグランジンD2の発見は画期的なことだったと言える。なぜなら、それまでの動物実験では、動物に断眠状態を意図的につくり、そこから睡眠物質を取り出していたことになるが、プロスタグランジンD2が睡眠物質であることを同定した実験は断眠状態ではない覚醒状態の動物に睡眠物質を投与すると眠気をもたらすことが明らかになったからだ。
このような睡眠物質の研究経過を経て、今日、睡眠物質と呼ばれるもの、およびその候補となっている物質は全部で30種以上が挙がっている。



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