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●最初に発見された睡眠物質●

睡眠物質とは何か。「眠気をもたらす物質」のことだが、眠くなったり、眼が冴えてきたりすることはいわば自然の摂理で、「物質」が関係しているといわれると“わかっているはずのこともわかりにくくなる”感もある。ところが、現代の科学では、眠気を催す際には、この睡眠物
質が作用しているということが明らかになっている。




スポーツをして筋肉を動かしたとき、「疲れた〜、乳酸が溜まってきた」などという人がいる。乳酸は文字どおり酸の一種で、運動のエネルギーとして糖が使われるときに発生する物質だ。激しい運動などで乳酸が血液中に多く蓄積すれば、血液が酸性に傾き、筋肉の動きを阻害する。そのため乳酸は、「疲労物質」という呼ばれ方もされる。
物質の「質」としては異なるものだが、睡眠についても脳内で似たようなことが起こり、その影響を与えるものを「睡眠物質」と呼んでいると考えてもよいのかもしれない。



最初の睡眠物質の発見は、100年以上前にさかのぼる。1909年、日本の石森國臣博士が犬の脊髄液から発見したとされている。その研究は、眠らせずにいた犬の脳から取り出された物質を投与された犬は寝てしまったが、普通に寝起きしていた犬の脳から取り出された物質を投与された犬は寝なかった、というものだ。すなわち、これは「眠りたい」という欲求が高まるほどに睡眠をもたらす物質が蓄積され、その物質が投与されると眠気をもよおすということを示した研究となる。

ただ、100年以上前の研究であることから、いまにして思えば、さまざまな“時代の制約”といったものがあった。そのためか、睡眠に関してすぐれた研究ではあったものの、すぐに脚光を浴びたとは言いがたい。



まず、当時は、「睡眠」を示す客観的な指標が存在しなかったのだ。今日、睡眠は脳波として客観的に捉えることができるが、脳波が発見され、脳波計の技術が進んだのは、1924年に独の精神科医ハンス・ベルガーが人間の脳での電気現象を記録し、その後1929年に“人間の脳電図について”という論文を発表したことに始まる。つまり、それ以前の1909年の石森博士の研究の段階では、睡眠の定量的な実験が十分にはできなかったわけだ。
このことが影響したかどうかはわからないが、いわば「睡眠をうながす物質がある」ということが言うことはできるが、その物質が何かを特定し、その化学構造などを示すまでには至らなかった。



化学構造が明らかにされた睡眠物質が発見されたのは、石森博士の研究から約70年後、1977年のことだった。「デルタ睡眠誘発ペプチド」と呼ばれる物質である。
ただ、この物質のみが睡眠物質と呼ばれるものではなく、その後の研究により、様々な物質が睡眠に関わって睡眠をもたらすことがわかってきた。現在は約30種類の睡眠物質が発見されているという。それは睡眠物質の研究が盛んに行われ始めた1980年代を待つことになる。



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