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●睡眠と記憶●

ナルコレプシーの発症期は主に10代が多いとされているが、ここではその10代=思春期と睡眠について、いくつかのアングルからスポットを当てて考えてみよう。その最初のテーマは「記憶学習」だ。つまり、睡眠と記憶にはどのような関係があるかについて考える。

10代は日々の勉強や受験などで“覚えなければならない”ことが多い世代だ。もちろん、覚えなければならないこと=勉強だけにとらわれるのではなく、広く記憶を捉えれば、10代のまさに「アタマが柔軟なうちに」いろいろなことを覚え、身につけていくべき世代とされる。



その記憶に関して「睡眠」が大きな役割を果たしていると科学的に実証されたのは、実はそれほど古いことではなく、1990年代に入ってからだ。わずか20年ほど前だ。つまり、20年以上前は、「眠っている間に記憶力は高まる」ということは実証されておらず、試験勉強などでは、それこそ徹夜による「一夜漬け」も重宝される面もあった。ところが、いまでは、そのような「不眠不休」による「突貫工事」も記憶力の増進という面では影を潜めている。

人は、いろいろな「ものの覚え方」をする。思春期でいえば「アタマで理解するよりカラダが覚えていく」ようなケータイ・スマホの操作やメールの打ち方もあれば、理詰めで理解していくことが望ましい物理や数学の公式など、さまざまなモノ・コトを覚えていく必要がある。

一方で、人には「忘却」という“特技”がある。この忘却に関しては、エビングハウスの忘却曲線が有名で、このグラフによると、人間は覚えたことを1時間後には50%覚えていて、1日後には25%、1か月後には20%しか覚えていないという。逆に言えば、短期的で強引に覚えたことより、長期的でゆるやか、反復的に記憶したほうがふさわしい、つまり忘却の程度が少なくてすむということがわかっている。



さらに、記憶の研究の分野を見ていくと、たとえば覚えたての記憶は、直後によく眠ったほうがその学習の成果が上がる=成績がよくなるということが確かめられている。たとえば、独リューベック大学のスザンヌ・ディーケルマン氏らのカードの図柄を記憶するという実験(発表は2011年)では、起床時より睡眠中のほうが、覚えたての記憶(近時記憶)を改変したり混乱させたりする出来事に対して、強い抵抗力を持つことが明らかになっている。これは、図柄、公式、英単語をたくさん覚えるといったさまざまな分野での学習について同様のことがいえそうだ。

では、記憶学習に対して、睡眠は具体的にどのように影響しているのか。先のスザンヌ・ディーケルマン氏によると、被験者の脳の画像分析をしたところ、睡眠後わずか数分で海馬から新皮質への新情報の移動が始まり、40分の睡眠後には、新たな記憶に妨害されない長期保管の領域に十分な量の記憶が保管されたという。



そのほかさまざまな研究成果があるが、そのうち2つを紹介しておこう。一つは、ハーバード大学のウォーカーらによる「記憶、とくに技能的な記憶については、睡眠中にあらためて処理され、より記憶が強固なものになっていく」という考え方だ。

この考え方は、2002年に「運動学習(タッピング)テスト」でも実証された。このテストは、小指なら1、人差し指なら4などと数字キーとタッピングする指とを対応させ、ディスプレーに表示された数字を対応する指で瞬時にタッピングするという試験で、12時間トレーニングを繰り返し、そのままテストする条件と、練習の後の12時間で睡眠をとってからテストする条件を比較したものだ。

テスト手法の詳細は省くが、結果は、しっかりと睡眠をとると、タッピング操作は約20%向上していることがわかった。



もう1つ紹介する研究も、日本で行われた同様のテストだ。広島大学の玉置應子氏が大学生・大学院生に行った図形描写の試験だが、この試験でも、睡眠をとったほうがより描写時間が短縮化されることがわかった。また、同研究では、あらかじめ練習していた正立図形より90度右に回転させた回転図形の描写時間の短縮に大きな向上が認められた。このことから、睡眠は、「新しく獲得する難易度の高い視覚−運動技能の向上に効果がある」ことがわかった。

ウォーカーは運動技能を習得していく過程には、まず、技能の獲得段階、次いで技能の構築段階があり、そのうえで再構築段階があるとしている。この再構築段階が睡眠に依存し、十分な睡眠をとれるかどうかによって再構築段階の成果が影響し、課題に対する成果が変わってくるとしている。さらに、最近では、ノンレム睡眠段階2に特徴的に現れる脳波活動である「睡眠紡錘波」が重要であるという指摘もなされている。

思春期において記憶する、覚えることはとても重要なテーマである。そして、その記憶に対しては睡眠が強く影響を与えることを理解しておくべきだ。よりよい眠りを実現していくことが、本人の能力を高めることにつながる。



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